今回は文具と無関係ですが、古い時計の話です。私はあまり良い時計は持っていないのですが、1本だけ自慢の時計があります。それは、SEIKO5(セイコーファイブ)と言う時計で、今から30年以上前に、私のおじさん(父親の兄)が愛用していたもので、私が大学生の時に祖母からもらったものです。このおじさんは私が生まれる前に若くして亡くなってしまったので、形見の品と言うことになります。
永年、他の遺品と一緒にしまわれていたので、私がもらった時は、油が切れて動かなくなっていました。そこで近所の時計店にオーバーホールを依頼したところ、曇っていたガラスもピカピカになり、ベルトもすっきり奇麗になって返ってきました。腕に着けていると自動的にゼンマイが巻き上げられる機械式の時計なので、動かすとジコジコと音がして、最近の時計に無い新鮮な感じがして、大変気に入って使っていました。
毎日使っていたこの時計ですが、ある時、ベルトが勝手に外れて地面に落としてしまいました。幸い大きな傷は無かったのですが、地面に落ちた際、竜頭(リュウズ:時刻を調節するボタン)が故障してしまい、時刻合わせや日付の調節ができなくなってしまいました。そこで、時計店に持って行ったのですが、この時は何故か「どこも壊れていない」と言われ、修理してもらえませんでした。しかし、実際壊れて使えないので、仕方なく別の時計を使う様になったのです。
大切な形見の時計なので、壊れたままにしておくのは申し訳ないと思いつつ、月日は過ぎて行きました。その間、「ここの時計店なら修理してくれるかな?」とか、「ここの店主は頑固な職人みたいな人だからもしかして・・・」などと、時計店の前を通りかかると考えていましたが、何しろ古い時計なのでやっぱり無理か!と勝手に決めつけ、実際に修理に出すことも無く、その内この時計のことも忘れてしまいました。
ところが、最近になって友人が新しい時計を買ったと聞き、ふとこの時計のことを思い出したのです。手にとって見ると、油が切れたのかゼンマイまで巻けなくなっていました。今回はどうも放っておく気になれず、以前修理を断られた近所の時計店にもう一度相談してみることにしました。また断られたらもう仕方ない、諦めよう!と思って持っていくと、意外や意外!!あっさり預かってくれたのです。古い時計なので部品が壊れてると駄目かもしれないと言われましたが、とにかく見てくれることになりました。
数日後、時計が直ったという電話が入り、喜んで時計店に行きました。実は落下した衝撃で部品が折れていたとのことですが、奇跡的にその部品が店に有り、修理することができたのでした。ゼンマイもまた元の様にスムーズに巻き上げられる様になりました。祖母によると、おじさんがこの時計を使っていたのは、今の私とほぼ同じ年齢の時だということで、修理代に5,000円程かかりましたが(実は結構安いらしい!)、また動くようになった喜びは大きかったです。それにしても、よくぞ部品が残っていたものです。恐らく、古い機械式の時計を修理できる時計屋さんも減っているのではないでしょうか。本当に直って良かった!
最近は時計に限らず古いものの価値が見直されている様ですね。うちでも、古い万年筆の修理やメンテナンスを依頼されますが、古いものには独特の存在感が有って、それが時代を経てまた使える様になった時は嬉しいものです。ある万年筆メーカーさんでは数年前から、古い万年筆の修理も極力やってくれる様になりました。以前は部品が無く修理不能で断っていたものでも、物によっては部品から再現して直してくれます。勿論、通常の修理よりも割高ですが、この前もインキ吸入機構が故障した40年近く前の万年筆を元通りにしてくれました。この様なメーカーの対応はとても良い事だと思います。
それと、ちょっと思ったのですが、時計の世界ではちゃんと時計学校なるものがあって、「1級時計修理技師」とか色々と資格がある様ですが、この様な制度が万年筆の世界でも有ると良いと思いました。結構、職人の世界は門外不出、治外法権みたいな感じで、一般人が分かりにくい、立ち入りにくい環境を作ってしまっていると思います。勿論、職人にとっては、自分で培った技術こそが財産で、それを全て公開しろと言うのは筋違いでしょう。でも、資格とかまで行かなくても、販売店や興味のある一般の方々が、ちょっとした基礎知識や技術などを学べる環境があっても良いのではないでしょうか?
さて、数年ぶりに故障から立ち直り、時を刻み始めたこのSEIKO5、次に壊したら恐らく最後なので、普段はなかなか使う気になれませんが、大事に使っていこうと思います。また使える様になったのが嬉しかったので、今回は時計の話にしてみました。
SEIKO5は、60年代〜70年代にかけて、手頃な価格と高級感のあるデザイン、豊富なバリエーションで、若いビジネスマンを中心に大ヒットしました。因みに、現在、5,000〜6,000円程度で出回っている同名のSEIKO5は、主に電池の入手が困難なアジアの国向けにシンガポールなどで製造が続けられているものです。当時のものとは中身が違う様ですが、価格が安く、日本でも最近人気だそうです。私も1本持ってます。
2004年7月11日 藤井稔也