蒔絵筆記具について パイロット88周年記念万年筆
先日のコラムでもお知らせしておりました通り、今回はこの秋にパイロット社が創立88周年を記念して発売した記念万年筆「仁王」についてご紹介したいと思います。実は、こちらの製品は発売以来御好評をいただきまして、すでにメーカー在庫もほぼ完売となっております。もう少し早くご案内できれば良かったのですが、何卒ご容赦下さい。
さて、パイロット88周年記念の万年筆ですが、実は今回ご紹介する「仁王」(限定数880本)1本¥157,500(税込)以外にもう一種類「獅子・狛犬」と言う1本¥1,365,000(税込)もするとんでもない高級品(限定数88本)が有りましたが、今回はより身近な「仁王」の方を話題にしたいと思います。因みに「獅子・狛犬」は1本¥1,365,000もするのですが、予約開始と共にほぼ完売してしまったとのこと・・・。世の中凄い人がいるものですね!パイロットさんの話では、蒔絵や限定万年筆のコレクターの様な方がおられて、発売前にはほぼ88本全ての行き先が決まっていたとのこと・・・。うーん。恐ろしい(笑)。パイロットさんもさぞ儲かったことでしょう(笑)!
さてさて、本題の「仁王」の方ですが、こちらは当店でもご制約いただきまして、感謝感激です!今回はそのなかの1本を写真撮影させていただきましたので、それを掲載させていただきます。残念ながら、お客様にお渡しする時に大急ぎで写真を撮らせていただいたので、あまりいい写真ではないのですが・・・(笑)。一先ずご覧下さい。蒔絵の良さは写真ではなかなか伝わりにくいものです。現物を目にした時の圧倒的な存在感は蒔絵の持つ最大の魅力かもしれません。少しでもその良さが伝われば良いのですが・・・。
日本が誇る伝統工芸「研出高蒔絵」で画かれた、力強い仁王さん!
研出高蒔絵による存在感溢れる万年筆です。
漆、純金粉、プラチナ粉など、高価な素材を巧みに用いて蒔きつけて絵柄を表現する蒔絵技法は、1500年もの歴史をもつ日本独自の工芸技法です。パイロット88周年記念万年筆「仁王」は特に「研出高蒔絵」という非常に高度な技法を用いて製作されています。平面的な平蒔絵や安価な蒔絵風プリント(印刷)では表現できない、立体的な図柄からは強い存在感が感じられます。 細部に至るまで1本1本手作業で作りこまれた正に芸術品なのです。
パイロットの高級蒔絵筆記具には「国光会」の銘が!
こんな箱に入っています!箱の紐は左四方掛けと言う、茶道や古美術の世界で伝統的な結び方です。
日本のみならず、海外でも高い評価を得ている蒔絵筆記具ですが、その元祖がパイロット社でした。話が少々「仁王」から離れますが、昔の万年筆は軸にエボナイトと言う素材を用いていました。エボナイトは時間の経過や光の影響で退色(もとは黒いが次第に茶褐色に変色してしまう)してしまう欠点が有りました。そこで、創業間もないパイロット社(当時は並木製作所)はエボナイトの変色を防ぐ為に、日本の伝統技術でもある「漆塗り」を用いて、エボナイトの表面をコーティングしたのです。この画期的な技術はラッカーナイトと命名され、パイロット万年筆を一躍有名にしました。
※ラッカナイト(ラッカーナイト)は「ラッカード エボナイト」から作られたパイロットの造語だそうです。
「万年筆のボディーに漆塗りが使える!そらならば、蒔絵を施すことも可能ではないか!」と言うことで、実現したのが蒔絵万年筆なのです。しかも、パイロットの偉いところは、万年筆に蒔絵を施すにあたり、そんじょそこらの蒔絵師ではなく(失礼!)、当時既に漆芸界で注目を浴びていた故・松田権六氏を招聘した点です。松田権六氏と言えば、後に人間国宝にまで登りつめ(人間国宝の第一号です)、漆芸研究にも多大な功績を残した蒔絵界の重鎮です。それも、蒔絵作業を松田権六氏に外部発注したのではなく、パイロットに入社させて社内で蒔絵の製作、指導を担当させた点は極めて大きな決断だったと思います。しかも当時、松田氏は異例の高待遇を持って迎えられたと言います。前代未聞の蒔絵筆記具、どれだけ売れるかも未知数なのにこの決断!そもそも蒔絵界のホープを招聘するのにも大変な情熱が必要だったのではないでしょうか?
ともあれ、このパイロット社の決断が、後々蒔絵万年筆の発展、そして蒔絵そのものの発展にも大きな影響を与えました。松田権六氏はパイロットに入社後、社内外の蒔絵作家約80名を集めて、蒔絵グループを組織したのです。このグループは「国光会」(こっこうかい)と名づけられたのですが、その名づけ親となったのが、パイロット社の創業者である並木良輔氏でした。パイロットの蒔絵万年筆は世界中で大きな反響を呼び、今やマニアの間で超高額取引されている幻の筆記具「ダンヒル・ナミキ」の誕生にもつながります。 ※ダンヒル・ナミキ:英国の一流ブランドであるダンヒル社が、創業間もない日本の万年筆メーカー、パイロット社(当時並木製作所)の技術を認めて実現した高級筆記具のブランド名。単に、並木製作所がダンヒル社に万年筆をOEM供給したのではなく、交渉の末、ダンヒルと並木製作所のダブルネームを実現させた点は、後々パイロット万年筆の知名度を飛躍的にアップさせる原動力になりました。そして現在もパイロットには社内に蒔絵師を擁する世界でも珍しい筆記具メーカーなのです。
88周年の特別な装飾が入った18金ペン先(左)と、特別モデルに搭載される黒いインクコンバーター(右)
蒔絵シリーズをはじめパイロットの特別モデルにのみ添付されるレアなボトルインキ。これだけ欲しい人もいるほど!
さて、今回は写真を沢山掲載いたしましたが、いかがでしたでしょうか? 実は私はパイロット社の88周年記念万年筆「獅子・狛犬」(¥1,365,000)も実物を見たことがあるのですが、こちらは肉合研出高蒔絵という技法を用い、各種の高度な蒔絵、漆芸技法とあいまって、「仁王」以上に立体感、存在感のある代物でした。ペン自体も非常に大きく、実用品としてではなく実質的には万年筆の体裁を借りて蒔絵を鑑賞することに主眼が置かれている様な気がしました。正に現代の蒔絵技術の最高傑作として後世に残すべきお宝なのでしょう。
それに対して、「仁王」はこちらも極めて高度な蒔絵技法を駆使し、パイロット社の記念万年筆の名に恥じない名品ですが、実用的な万年筆としても活躍する懐の深さを持っています。カタログやWEBの写真でしかこうした蒔絵万年筆をご存知無い方、あるいは安価な蒔絵風プリントを施した筆記具(なんちゃって蒔絵とでも呼びましょうか)しか見たことのない方は、ひょっとすると「蒔絵筆記具はごてごてと派手で何かいやらしい」とか、「金持ちの外国人が買うもの」といったイメージを持っておられるかも知れません。実は私も以前はそれに近いイメージを持っておりました。
ですが、本物の高級蒔絵が施された万年筆(筆記具)を目の当たりにすると、蒔絵のもつ圧倒的な存在感に驚かされます。そして、華やかですが嫌な派手さとは全く違う印象を持たれるはずです。「仁王」にしても写真で見る限り金色を主体にした配色で一見して派手そうですが、実物は日常生活で普通に使っても「いける!」筆記具です。勿論ひとそれぞれ好みは有りますし、TPOを考慮する必要は有りますが、日本の伝統美が「派手さ」ではなく「存在感」だと思わせてくれる、そんな1本です。
よく考えてみると、今の私たちの身の回りには、日本の誇る伝統工芸品、蒔絵の施された道具は殆ど存在しないのではないでしょうか?少なくとも身近なものとは言えません。 硯箱、食器、お仏壇、印籠!?・・・。みなさんのお家には蒔絵の施された道具が有りますか?恐らく大半の方が蒔絵製品を手にしたことが無いのではないでしょうか?それもそのはず、伝統的に蒔絵が施されてきた道具類は、今の時代には殆ど使われないものが多いですし、そもそも蒔絵は贅をつくした高級品。道具と言えども実際には骨董品や美術品として扱われるケースが殆どではないでしょうか?蒔絵は世界に誇れる技術ですし、何かひとつ蒔絵のものを持っておきたいと思う人はいても、普通の人ではなかなか手に入れる機会が無いのではないでしょうか?
そんな中、万年筆(筆記具)は、我々の様な一般人が最も手にし易い蒔絵製品ではないかと思うのです。世界に誇る日本の蒔絵技術を最も身近に感じられる存在では無いでしょうか? 私は、例の蒔絵万年筆が作られるシーンをビデオで見たことがあるのですが、これは正に気の遠くなるような手仕事の塊!素材に純金が使われているとかそんなことよりも蒔絵を1本仕上げる為に駆使される職人の技と、手間暇には驚嘆してしまいました。それまで、1本100万円以上する万年筆に半ばあきれていたのですが、そのビデオを見てから大きく考えが変わりました。こんな蒔絵作品がこの値段で買えるなら凄くお買得なんじゃないか、と。勿論、経済力が伴いませんので、実際には買えないですけど(笑)。 で、「仁王」に至っては特別モデルで定価¥157,500ならめちゃくちゃお買得じゃないか!と思った訳です。蒔絵作品として。
前述の、故松田権六氏が何故、並木製作所(パイロット)に入って蒔絵指導をすることにしたのか?と言うのを勝手に想像してみると、ひょっとすると伝統工芸である蒔絵を万年筆と言う新たな素材で活かすことが、行く行くは蒔絵そのものの発展や存続に繋がっていくと考えたのではないかと思うのです。まったく私の勝手な想像なのですが、「国光会」と言う蒔絵グループを組織して蒔絵の発展に努めたことからも、きっと蒔絵を筆記具と言う身近な存在で活かすことの重要性を考えてのことだったのでは無いかと思います。
そんな訳で、日本の伝統技術を守る為にも蒔絵を買おう!と言う人は、是非万年筆をお買い上げ下さい(笑)!それもスミ利で買っていただけると嬉しいな(笑)! 冗談(6割ぐらい本気!?)はさておき、筆記具や万年筆が好きな方でしたら、蒔絵のものも是非コレクションの一つに加えていただくことをお薦めいたします。舶来品やセルロイド製、エボナイト製のペンはお持ちでも蒔絵は今まで関心が無かった・・・という方も、きっと今までには無い満足感を得られると思います。 実は私自身もいつかは特別な蒔絵の筆記具を手に入れたいと思っているのです。今回の「仁王」も狙っていたのですが、本当に数が少なくて・・・。今回、最後にお買い上げいただいたお客様の分は本当に在庫の確保が危なかったです(パイロットさんに随分と骨折っていただきました)。メーカー在庫ギリギリセーフでしたので、自分の分まで余裕が無いですね!(こんなこと言ってるといつまで経っても買うことができないかも。そもそも先立つものを用意しておかなくては・・・)
それから、蒔絵に関しては、先日もパイロットの営業マンに話していたのですが、トラディショナルな形状の万年筆だけでなく、キャップレスとか、タイムライン等のボールペンにも高級な蒔絵を施していただきたいものです。蒔絵は日本国内よりも圧倒的に海外での評価が高いそうなので、それだけの需要が無いとなかなかできないそうですが、本物の蒔絵の良さを見せ付ける為にも!?新しい蒔絵筆記具を期待したものですね!
それでは、今回はこの辺で! 最後に宣伝になりますが、スミ利ではパイロットの特別モデルや限定品も毎回取り扱っています。100万円以上するもの等、製作数量が極めて少ない製品では主に海外を優先して販売されますので入手できないこともございますが、次回こうした商品が企画・発売された際は是非当店にお問い合わせ、ご注文お願いいたします!販売価格等、お気軽にお問い合わせ下さい(基本的に、限定モデルなどは予約販売かご注文後の取り寄せです)。
2006年12月6日 藤井稔也