コラム 蒔絵筆記具について考える

このところ、スミ利では高級蒔絵筆記具を取り扱わせていただく機会が徐々に増えてきました。勿論、そんなにどんどん売れることはありませんが、ここ数年は今まで蒔絵や漆塗りに関心が無かった方や、若い世代の方からご相談いただくことも増え、筆記具を通じて蒔絵に関心を持つ方が増えたなー、と実感しています。私自身もここ最近は漆に関することや、蒔絵に関することを遅ればせながら勉強しているところです。先日も輪島に出かけて色々と楽しみつつ(旅行がてら)蒔絵や漆塗りのことを勉強してきました。詳しく知れば知るほど漆の優れた特性や蒔絵の置くの深さに興味が沸いてくる今日この頃です。蒔絵筆記具は日本が誇る優れた伝統工芸として、海外では古くから高い評価を得て今日に至っていますが、日本国内ではこれまで一部の「分かる人」たちを除くと、あまり正当な評価を受けていなかったと思います。ここ最近になって、日本でも蒔絵の良さ、良質な漆塗りの良さに着目し、手に入れたいと思う人が徐々に増えてきたのかも知れません。

万年筆メーカー各社も勿論、そんな市場の雰囲気を見逃すはずがありません。蒔絵万年筆の元祖であり、高級蒔絵ブランド「ナミキ」を擁する、パイロット社もその一つです。 つい先日も、研出平蒔絵という技法を用いた干支蒔絵万年筆シリーズを新しく発表したことは、最近の蒔絵人気を反映した出来事と言ってよいのではないでしょうか? このパイロット干支蒔絵万年筆は、私の見る限りでは従来のパイロット社の蒔絵と少し傾向を異にしている気がします。これは私の主観でもあり、断言するつもりはありませんが、従来のパイロット蒔絵は、パイロットで最初に蒔絵を指導した故・松田権六氏の影響もあり、万年筆という現代工業製品に施す蒔絵であっても、伝統的な大和絵の流れを汲む古典を大切にした図案が多く用いられてきた様に思います(勿論、例外的なものはありますが)。それが、パイロット社の蒔絵、特に高級蒔絵の大きな魅力でもあったと思います。

  
07年秋に発表された、パイロットの新しい干支蒔絵万年筆

ところが、今度新しく発表された干支蒔絵万年筆シリーズでは、原画を日本画の先生に依頼してデザインしたそうで、大和絵の雰囲気とは違う作品に仕上がっています。干支蒔絵の以前のシリーズのものは、古典的な題材で描かれたものが多く、また高蒔絵技法で製作されていたこともあり、華やかで干支の「縁起物」的な雰囲気が有ったのですが、今度の干支蒔絵は写実性が高く「縁起物」と言うよりは「絵画」的な蒔絵筆記具になっています。彩色に使われている色も全体的に落ち着いた色合いです。蒔絵の万年筆と言うよりは、絵入りの万年筆、と言った感じです(ちょっと強引な表現で失礼いたしました)。人によって好みや見方が異なるので、一概には言えませんが、私個人としては今度の新しい干支蒔絵万年筆シリーズは、干支(十二支)の縁起物という見方ではなく、動物の蒔絵が施された高級万年筆という印象を受けました。正直、これは蒔絵ファンの中でも好みが大きく分かれる作品だなーと感じております。

私の干支は巳年なので発売前から「巳」の作品を楽しみにしていたのですが、今回の蒔絵では前作の様に縁起の良い白蛇や金蛇ではなく、普通の蛇(しかもニシキヘビ!?)だったので、想像していたのとイメージが違い、ちょっとガッカリしたのも事実なんですよね(他の干支はそれなりに可愛かったり、かっこよかったりしますが、ヘビ年の人はちょっとショックですよねー?いかがですか?色もやたらリアルに茶色だし・笑)。ですから、先ほど私が今度の干支蒔絵は、「縁起物としての干支(十二支)では無く、動物の蒔絵が施された・・・」という様なことを書いたのも多少ご理解いただけるのではないかと・・・(笑)。

ただ、蒔絵については従来の大和絵風の華やかな作品に抵抗(アレルギー!?食わず嫌い!?)を持つ人も実際おられた様です。今作は、今まで蒔絵ファンではなかった人がどんな反応を示すかを図る意味でも、非常に興味深いものです。良くも悪くも私の期待を裏切った今回の干支蒔絵万年筆。パイロット社にとっても蒔絵に対するチャレンジの一つであることには違いありません。昔からのパイロット蒔絵ファンの皆さんはどの様な感想を持たれるのかも楽しみです。

大昔は蒔絵で使える色の数はずっと少なかったそうです。例えば、蒔絵で白い色を使いたくても、当時知られていた鉱物などでは漆に混ぜ合わせると化学反応で変色してしまい、実用化することができずにいました。そこで白を表現したい箇所には卵の殻などを貼り付けた卵殻と言う蒔絵技術が生み出されました。現代は、チタンなど、昔は無かった金属粉が実用化されたことにより蒔絵に美しい白い色が使える様になったそうです。様々な技術の発達に伴って高品質で色の良い顔料なども作られる様になり、今までは表現できなかった多彩な色彩が蒔絵でも可能になっています。これら最新の技術、原材料を用いてこれまでに無い画期的な蒔絵表現を用いた製品が現れることも大いに期待したところですが。

さて、そんな干支蒔絵万年筆に色々な意味でショックを受けた私ですが、せっかくなので個人的に(今までも全て個人的ですが)今年扱った中で一番感動を受けた蒔絵万年筆をご紹介しておきましょう(蛇年の蛇が「リアル蛇」だった個人的恨みか?笑)。それは、パイロットさんが作られた「鴛鴦(おしどり)」と言う作品です。価格は1本¥70万円!パイロットさんの話では製作数量が少なく元々、北米等の海外向けで、国内でも僅かながら販売されます。凄い。パイロットさんには、新たな蒔絵のチャレンジと共に、このナミキ鴛鴦の様な作品にも力を入れていただき、蒔絵に関心を持つ人をどんどん増やしていただきたいですね!

ナミキ万年筆 鴛鴦(おしどり)  図案の妙!彩色センスの良さがナミキの特徴!!
蒔絵を写真にする難しさ・・・。実物の万分の一でも伝えられれば!  


見事な紅葉のキャップ!螺鈿も美しい。  軸には鴛鴦(オシドリ)が。
画像の荒いデジカメ写真ではありますが・・・。思わず息をのむ素晴らしい作品です。

この素晴らしい蒔絵は、国光会のメンバーであり、輪島の漆芸作家、浦出勝彦先生の手によるものです。キャップには美しいもみじが緻密に描かれています。この葉は一枚一枚の色合いや金のバランスなどに計算された変化がつけられていて、背景には金粉や、青く輝く螺鈿(らでん)が惜しみなく施されており360度どこから見てもため息が出るほどの仕上がりです。 また、軸のほうにはこの万年筆の主役である、仲むつまじい鴛鴦(おしどり)が水面を揺らしており、写真には写っていませんが、水面に落ちたもみじの葉っぱが浮かんでいるところまで表現されていて・・・。見ていると、水の感じや、静かな空気感まで伝わってきます。あたかも、万年筆に鴛鴦が棲んでいるかの様な、空気感に溢れた作品は、誰もがしばし見とれてしまうはずです。

ナミキ鴛鴦の正面  ナミキ 鴛鴦(おしどり)万年筆の側面  ナミキ鴛鴦(おしどり)万年筆の側面
ナミキ・鴛鴦(おしどり)は、高度な蒔絵技法の数々が効果的に盛り込まれた正に蒔絵の最高級品

蒔絵を部分的に見てその技術の高さ、美しさを見るのも良いですが、私は全体で見た時に「景色」を感じる蒔絵が好きですね(景色を描いた蒔絵と言う意味ではなく)。ちょっと自分でも説明が難しいですが、よく美術館で絵を見る時は近くから覗き込むのでは無く、少し離れて全体を見ると良い、と言うじゃないですか。蒔絵でもそんなことが言えるのではないかと思うのです。ここは高蒔絵だとか、平蒔絵だとか、螺鈿だとか、そんなことはさておいて全体の印象を見る。この作品の場合、万年筆の中につがいの鴛鴦が本当に住んでいるかの様な空気感を感じるのが、蒔絵の中の世界、景色だと思うのですが・・・。いかがでしょうか。 よく「万年筆は使ってこそ価値がある」とおっしゃる方がおられます。私も全く同感です。ですが、このナミキ鴛鴦を見ていると、ただ眺めるだけでも充分真価を発揮する万年筆も有るのでは?と思ってしまいます。


自作の蒔絵!?  自作の蒔絵!?完成品
自作の蒔絵!?(笑) 左は蒔絵を施した直後のもの。 右は余分な粉を取り除き指で磨いた完成品です。


さて、最後にもうひとつオマケ(笑)。実は、上の写真は私が作った蒔絵!?の箸置きです(笑)。先日、パイロットさんの展示会場で蒔絵にチャレンジ!みたいなコーナーがあって、私もやらせてもらいました!前々から蒔絵に興味が有ったので凄く嬉しかったです。勿論、本物の漆だとかぶれるので合成漆!?(漆風接着剤の様なもの)を用いて、型紙から写し取った線の中に細い面相筆で塗っていきます。終わったら金粉(本物の金ではなく金色の粉です)を縁に盛って筆を使って描いた漆の上に優しくのせていきます。簡単な平蒔絵の一種ですね。作業は一先ずそれで終了。あとは家に持ち帰って3日ほど放置した後、余分な金粉を取り除いて、指で擦って磨く!完成!! あー。やっぱり難しい・・・。桜の花ビラですが縁がガタガタですね(汗)。手先には結構自信が有ったんですが、絵画用の絵の具と違って漆というのはもの凄く粘性が強くて非常に描きにくいんです。全然思った様に描けない。そんな話は聞いていましたが、実際これほどだとは知りませんでした。しかも私が今回描いたのは箸置きですから割りと大きな絵なんですよ。一枚一枚の花びらも大きくて単純なデザインです。これが万年筆の軸に小さな花びらを描くとしたら・・・。どれほどの熟練した技術が必要か、嫌と言うほどわかりました(笑)。




2007年9月17日  スミ利文具店 藤井稔也



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